ブレイブ・ニュー・ワールドの公開を前に 飛び立つキャプテン・アメリカへ
ついに今週、キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールドが公開になります。

マーベルの知名度が他国に比べ今ひとつのこの国でも、この映画の意味とその経緯についてもう少し知られてほしいなという思いもあり、なぜこの映画の存在が大切だと私が思うのか。そして、混沌とした世界情勢の中で、いわゆる商業映画が担う役割とはどのようなものであるかについて、この機会に少しだけ書いておきたいと思います。見たあとだとフラットな気持ちで書けなさそうなので。
キャプテン・アメリカというキャラクターは、名前の通りアメリカのために戦うヒーローだと思われがちですが、実際にはそう単純なわけではありません。アメリカ市民の平和や自由が脅かされていると思えばアメリカ政府にも単身で反発するような、マーベルコミックスの中でもかなり政治的なキャラクターの一人です。
とはいえ、初代キャプテン・アメリカであるスティーブ・ロジャースは、金髪碧眼の超人で、いわゆる"スーパーヒーロー"を体現したような見た目の人物でした。見た目ではなくその中身が彼をキャプテン・アメリカにしているという前提ではありつつも。
今回の主人公は、訳あってキャプテン・アメリカを引退したスティーブが後任に指名した、かつてのスティーブの親友の一人であるアフリカ系アメリカ人のサム・ウィルソン。私が愛してやまないキャラクターの一人であり、黒人のキャプテン・アメリカです(サムはコミックでも古参メンバーの一人で、コミックでも映画と同じくキャプテン・アメリカを襲名しています)。
サムは、アベンジャーズ4(Avengers: Endgame (2019))でスティーブからトレードマークとなる丸い盾を引き継ぎますが、その後のドラマシリーズ、「ファルコン&ウィンター・ソルジャー(The Falcon and the Winter Soldier(2021))」の冒頭で、その盾をアメリカ政府に寄贈するところから物語が始まります。

なぜシンボルとなる星条旗を模した盾を返却したか?それは、サムが「『黒人を代弁しない国』の『象徴』に、なぜ黒人の自分がなれるのか?」と不安を抱えたからです。ドラマの中では、祖国アメリカから壮絶な仕打ちを受けた黒人兵士からサムへの「自尊心のある黒人はキャプテンアメリカなど引き受けない」という厳しいセリフも登場します。
それらをどう乗り越えて、どのような気持ちで彼がキャプテン・アメリカを名乗るようになったのかは、ドラマを見てほしいオタク心から割愛してしまいますが、彼は初代キャプテン・アメリカであったスティーブとは少し違う目線でその位置に立ったことは確かです。
ドラマの最終話で、移民の望まぬ再定住(厳密に言えば彼らの世界における移民政策ですが、今の世界情勢を彷彿とさせるのは確か)を強行に押し進める政府に対し、サムが「よく自問してほしい、絶大なその力をどう使うか」と吐露するシーンがあります。
「銀行や国境を動かせるその力の使い道を、森林を壊せるし飢饉を防げもするその力の使い道を、その影響を受ける人々の声を聞いて決めるのか、それともお仲間の声を聞いて決めるのか」と。
奇しくも、連日のように聞こえてくる各国の政府の、フィクションと錯覚するような地獄の決定を耳にする毎日に、そのセリフは重く響きます。
これを、いわゆる商業映画/ドラマ(商業映画とか芸術映画とかの括りは好きじゃないんですが)でやったことにこそ、意義があるのではないでしょうか。そのドラマを経て、サムが主演の今回の映画が作られた、ということにも。
商業映画の強みの一つは、とにかくたくさんの人が見るものであるということ。
私は全ての映画が政治的である必要は全くないし頭空っぽにして楽しめる映画も必要だと思っていますが、「知らない人も『キャプテン・アメリカ』の名前だけで見てみようかなとなる映画」の「主人公が黒人」で「その背景を知りたければじっくり描いた前作品がある」こと。マーベルが数年かけてこの一連の流れを作り出したことに意味があると思うのです。
サムの葛藤と、その葛藤を理解できなかった周りとの衝突、歩み寄り、それらをドラマで描いたこと。それはキャラクターを世に送り出す上でものすごく真摯なことだと思うし、サムにとっても、サムを演じるアンソニー・マッキーにとっても、マーベルスタジオにとってさえ厳しい道のりになると分かった上でそれを選んでいることが、意味のあることだと思っています。
昨年9月、21歳にして鮮烈なマーベルデビューを飾ったクィアの俳優、ジョー・ロックが、世界中のあらゆる人が見るマーベル作品に参加する意義について、インタビューでこのように言っていました。
Joe Locke on Joining MARVEL in 'Agatha' & 'Heartstopper' Seoson3
"You can't change the world by hate, you can only change the world by creating stuff that put these marginalized people on platforms"
(世界は憎しみ [ヘイト] では変えられない。軽んじられてきた人々を舞台へ上げた作品を作り上げることでなら変えられる)
ハートストッパーとアガサ・オール・アロングでそれを成し遂げてきた彼の言葉はなかなか重いです。でも私はこれこそがマーベルのような巨大なハリウッドの一会社のあるべき姿というかあってほしい姿であり、これからのヒーロー映画に期待することでもあります。
黒人のキャプテン・アメリカが誕生することや、アンソニー・マッキーがインタビューなどで語ったことに対し、当たり前のように差別的な言葉を耳にする毎日。
「この盾を持つ自分に嫌悪感を抱く人が何百万人もいる、今この場でも偏見の視線を感じる。それは変えられないけど、隠れはしない」
これもドラマでの彼のセリフです。
コミックで彼が歩んできた歴史そのものでもあります。
映画界、とくに映画のキャラクターにおける本当の意味での平等とは、単純にあらゆる人種や性別の登場人物を数に偏りなく登場させることではなく、彼ら彼女ら一人ひとりに物語を与えることだと思うし、そうあってほしい。
はじめての黒人のキャプテン・アメリカがスクリーンデビューする待ちに待った日を、とっても楽しみにしています。
ブレイブ・ニュー・ワールドの公開を前に 飛び立つキャプテン・アメリカへ